犯罪被害者の苦しみ 

光市母子殺人事件、

大阪教育大付属池田小事件、

大阪ミナミ通り魔事件、

闇サイト殺人事件、

大津いじめ自殺事件・・・

  

私たちが日常生活の中で知ることのできる事件や事故のほとんどは、マスコミに取り上げられたものです。マスコミが報道しない事件や事故を含めると、毎日どこかでいろいろな事件や事故が起きているはずです。

   

自然災害であってもそれを防ぐ対策が取られていない場合は、人災となります。東日本大震災も人災の部分がかなりありました。津波による原発の破壊を防ぐことができませんでしたが、あれは明確に人災であると指摘されました。

   

今、問題になっているいじめ事件も、学校や教育委員会が事実を隠ぺいして適切な対応を怠ったという、大きな人的ミスが根底にあります。ネットでは、いじめた生徒や対応を怠った教師らをすべて逮捕しろなどという声が飛び交っています。その中には実に無責任な声もあるのですが、真摯に問題を憂う声が大部分です。

   

警察は、ネットや市民の声に押される形で捜査に乗り出しましたが、事件の真相を徹底的に解明して貰いたいと思います。そして、関係者には同様の被害者が出ないような手だてを講じて貰いたいと思います。

   

闇サイト殺人事件の加害者みたいに、人の命を何とも思っていない者も少なくありません。人命が失われないまでも、傷害事件は毎日どこかで起きているのではないでしょうか。そういう者の餌食にならない保証は誰にもありません。いつ自分が、家族が、身内が、その被害者にならないとも限りません。その可能性はすべての人に共通しています。

   

そういう事件の被害者にならないために、私たちはどうすべきなのでしょうか。被害者になった場合、どうすればいいのでしょうか。家族の一員が殺害された場合、加害者を許すことはほとんどの人ができないはずです。京都府亀岡市で起きた無免許運転事故の遺族は、法律を改正する運動をすると訴えていました。闇サイト殺人事件の被害者のお母さんは、犯人の死刑を求めて著名活動を行いました。しかし、お母さんの願いは裁判官に届きませんでした。

   

私たちは、ことが起きてから行動に移るのが常ではありますが、人命が失われてからでは遅いのです。いつ起きるかわからない事件や事故に備えて、その心構えをしておく必要があるのではないのでしょうか。残虐非道な殺人者であっても死刑という刑罰を科すことは、本当に人の道に外れることなのでしょうか。

  

犯罪被害者、苦しみまだ…岡村代表幹事が退任へ

http://knuckles.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/post-20cf.html

  

自分の(自分たちの)思うようにいかなことに対して暴力に訴えるという行為は、いかなる場合であっても許されることではありません。2000年に犯罪被害者の会を設立し、その代表幹事となった岡村勲さん(弁護士)は、その弁護活動を逆恨みした犯人によって奥さんが殺害されました。

  

岡村さんは、自分がいわゆる「人権派弁護士」の一人だったことを認めたうえで、「現行の法制度に馴れてしまい、被害者の苦しみ、権利に思いを致すことがなかった。妻を亡くして、初めて常識に立ち戻れた」と言っています。

   

死刑制度は絶対に必要 奪った生命を何で償うのか」

http://shuchi.php.co.jp/article/555

    

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